友達からの「美味しいピザ屋があるのだけど」の誘いにのって、出かけてきまして。
「今日は楽しかったね。また来ようね」と別れて帰ってきて、TVをつけていきなりこれは凄くきつい。(´;ω;`)
と
伊藤さんの時もきつかったけど、どう見ても中村先生を狙って襲われた感じがしてきつい。
アフガニスタンの治安がここまで悪くなっていたのか、という気もするし、灌漑事業は
ここまで危険をともなうものだ、ということをまざまざと見せつけられた気もします。
タリバンは関与を否定していると報道されていたけど、タリバンじゃないだろうなあ。
タリバンだろうが、なかろうが、アフガニスタン人なら中村先生がどれだけ信奉を
集めているか知っているし、今まで何をしてきたかも知っているもの。
ただ、悲しいことに中村先生が何故狙われたのかも分かる。
先生を邪魔だと思う人も確実にいる筈だもの。
アフガニスタン復興計画の要で
「我々は人々を救う為なら誰とでも手を組みます。政府軍とも手を組む。反政府軍とも手を組む。米軍とも手を組む」
と、明言する人だもの。
中村先生、実務の人でイデオロギーの人ではないから干魃との闘いに勝つ為なら過去の遺恨を捨てて
米軍とも手を組んで灌漑と緑化を進めることは厭わないだろうけど、そうされたら都合が悪い人もいるでしょうね。
ペシャワール会の会報で、日本を訪れたアフガニスタン側の事務局長がペシャワール会の今後のことをとても気にしていた、という記事を読んだ時
中村先生もお年だものなあ。普通なら引退したっておかしくない年だから、事務局長として先生引退後のペシャワール会について考えるよね、と思ったのですが、こんなに突然断ち切られるとは思いませんでした。
中村先生のインタビュー、よく音楽雑誌に載ってたなあ。あれ、確かインタビューアーが渋谷陽一さんだったなあ。
あの人、ああいう生き様がROCKな人好きだったのだろうなあ。(´;ω;`)
日本にいる奥様とお子さんの為に、自分にもしものことがあった場合に備えて保険をかけてある、と応えてましたっけ。
日本の保険会社は引き受けてくれないから、海外の保険会社の保険に入っていると言われていたなあ。
ペシャワール会、だんだんとアフガニスタン人が活動の主体となる方向へ持っていくつもりだったようだから
奥様、先生が完全にアフガニスタン人に活動を任せて日本に帰ってくるのを待っていたでしょうに。
ひたすら悲しい。(´;ω;`)